東京高等裁判所 昭和31年(ネ)989号 判決 1956年11月26日
控訴人 間篠覚一
被控訴人 株式会社合同タクシー
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対しプリムス一九四〇年式セダン乗用自動車一台(山梨第三、二三一号)を引渡せ。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
被控訴人は控訴人に対し金五五万円の担保を供して前項の仮執行を免れることができる。
事実
控訴代理人は、主文第一、二、三項と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、末尾添附の準備書面記載のとおり陳述した外は、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
<証拠省略>
理由
控訴人がその所有にかかる主文第二項記載の自動車一台(以下本件自動車という。)を、訴外株式会社河端製作所に占有させていたところ、昭和二七年一〇月一三日東京都渋谷区内において、訴外碓井正男、同野口勝弘及び同加藤辰造によつて窃取され、現在被控訴人が本件自動車を占有していることは、当事者間に争がない。
被控訴人は、同人が昭和二七年一一月二二日訴外平安タクシー株式会社からその代理人である訴外伊王野俊太を通じて、代金五五万円で本件自動車を買受けたのであつて、その占有取得は、平穏公然かつ善意無過失になされたのであるから、所謂即時取得したものであり、右訴外会社は中古自動車の販売を業とする者であるから、被控訴人が訴外会社に支払つた代金五五万円の支払を受けない以上被控訴人は、控訴人の請求に応ずることはできないと抗弁するので、考えるに、被控訴人が昭和二七年一一月二二日本件自動車を訴外平安タクシー株式会社からその代理人である訴外伊王野俊太を通じて代金五五万円で買受けたものであることは、当事者間に争のないところであるけれども、原審証人広瀬盛徳、伊王野俊太の各証言並びに当審における控訴人本人尋問の結果を綜合すれば、訴外平安タクシー株式会社と被控訴会社との間に本件自動車の売買契約が成立するようになつたのは、自動車のブローカーである訴外石川万平と坂田了助とが、右訴外会社の専務取締役であつた訴外伊王野俊太に対し、本件自動車をどこかへ売つて貰いたいと頼みに来たので、伊王野俊太は昭和二七年一〇月末頃山梨県自動車協会事務所において、被控訴会社の専務取締役をしていた訴外広瀬盛徳に対し、本件自動車を預つて欲しい、もし適当な買手があつたら売却して貰いたいと依頼したところ、その後、被控訴会社において本件自動車を買い受けようということになり、同年一一月二〇日頃神奈川県渉外課長の藤枝要に払下げたという証明書によつて、山梨三二三一号として本件自動車の登録ができたので被控訴会社は代金五五万円を支払つて右訴外会社から本件自動車を買い受けたものであること、しかも、被控訴会社が右売買以前にも訴外会社から自動車を買受けたことがあるので、本件自動車も訴外会社の所有と信じて買い受けたのであるが、その後になつて、本件自動車は控訴人の所有で、控訴人がその盗難にあつたものであることが判明するに至つたこと、また前記払下証明書が偽造されたものであつたということで、現在それに関し刑事事件が裁判所の公判に係属しており、また控訴人が本件自動車の盗難に遭つてから後、その原動機のナンバーが不法に打替えられていたこと等が認められ、前記各証人の証言中、右認定に反する部分は、当裁判所の措信し難いところであるし、他に右認定をくつがえすに足る何の証拠もない。
右認定の事実によれば、被控訴会社の専務取締役であつた訴外広瀬盛徳が、訴外平安タクシー株式会社の専務取締役である訴外伊王野俊太の売却依頼のみで、本件自動車を訴外会社の所有であると信じ、買い受けたに過ぎないのであり、道路運送車両法第三三条に定める譲渡証明書の授受をしたとか、これ等により本件自動車の所有者を確かめるなどの処置を採つたことを認めるに足る証拠はないので、被控訴人が本件自動車を売主たる訴外会社の所有と信じたことにつき全く過失がなかつたものとは断じ難いのである。
しからば、被控訴会社の本件自動車の占有取得については民法第一九二条を適用することができないので、従つて民法第一九四条もその適用がないから、被控訴人の前記抗弁はこれを採用することがない。
従つて、本件自動車の所有権は依然として控訴人にあり、被控訴人は不法にこれを占有しているものであるから、これが引渡を求める控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきものといわなければならない。原判決主文中、これと趣旨を異にし、被控訴人の抗弁を採用して「代金五五万円と引換に」本件自動車の返還を命じた部分は失当で、本件控訴は理由があるから、原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を仮執行の宣言並びに仮執行免脱の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田豊)
準備書面
一、原判決は本件自動車が盗品であり且つ被控訴人が善意無過失に同種の物を販売する商人より買受けたものであるという理由で民法第一九四条を適用し占有者である被控訴人が払つた代価金五十五万円を控訴人が被控訴人に支払うと引換に被控訴人は控訴人に対し本件自動車の引渡すべき旨判決したが
二、然しながら盗品が乗用自動車であるときには民法第一九二条同法第一九四条を適用すべきではない。抑々民法第一九二条に於て即時取得の認められるのは動産に於ては物権変動の公示方法が占有であるのでその占有を信頼した者を保護しようとするものであり動産の取引関係の実情を考慮し特に動産の公示方法たる占有に公信力を与えたものである。従つて民法第一九二条の適用のあるのは動産一般ではなく物権変動の公示方法が占有である動産に限らるべきであり動産中登記が公示方法である船舶及び登録が公示方法たる自動車の如きものに対し民法第一九二条(及び同法第一九四条)を適用すべきではない
三、道路運送車両法第五条は「登録を受けた自動車の所有権の得喪は登録を受けなければ第三者に対抗することができない。」と規定している本件自動車は以前外人某が所有していたものであつて控訴人は同人より本件自動車を譲り受けたものであり外人某は正規の登録をなしていた控訴人は同人より譲り受け関税の手続きがすんでからタクシー用のナンバーを受くべく準備中であり陸運局より臨時運行許可を受けいわゆる仮ナンバーをつけていたのであり陸運局に於て調査すれば車体番号原動機番号仮ナンバーによりその所有者は直ちに明らかになるものである。
従つて本件自動車について不動産と同じく或は未登記不動産と同じく民法第一九二条の適用がなさるべきではない。
四、右の主張が理由なしとするも被控訴人の本件自動車の取得には過失がある
(一) 被控訴人は本件自動車の取得に際して自動車登録原簿を調査していない。自動車の如く登録なくして運行の用に供し得ないもの(道路運送車両法第四条)の売買に於ては買主は先ず登録原簿を調査すべきでありその結果車体番号がわかれば仮ナンバーの有無を調査すべくそうすれば直ちに本件自動車の所有者が判明すべく売主の言い分と合せれば直ちに本件自動車が盗品であるかも知れないという疑いは持つ筈であり仮ナンバーの持主たる控訴人に問合せれば直ちに之が盗品であることが判明したはずである。然るに被控訴人は之等のことを一切せずに売主の話をきいた丈で本件自動車を買受けたのであつて被控訴人は過失があるといわざるを得ない。
(二) 右の過失は次の点で更に顕著である。本件自動車は盗まれた直後原動機番号の打刻が道路運送車両法第三一条の禁止にもかかわらず塗まつされ新たに偽の原動機番号が打刻されていたのであり、その塗まつは何人が見ても直ちにわかる程度のものであつた。従つてむしろ被控訴人は悪意の疑いさえ持たれるのであり(一)の事情と合せて無過失ということは到底いえないものである。